結局「愛−love−」って?

12月から読んでいたこの洋書・・・『The Mastery of Love』

日本語に訳すると『愛の選択』と言うそうだが、個人的には「うーん・・・なんか違う。笑」という感じ。かといって当てはまる日本語訳も見つからない。

この本は日本ではあんまり知られてませんが、欧米では大ベストセラーの一冊。

英語もそんなに難しい単語や文法を使っていないので、久しぶりに洋書を読んでみたい人、英語を勉強中の人、英語に興味のある人はぜひ読んで欲しい一冊。

あとは全ての人間関係・・・パートナーや友人、親子、家族、職場やお客様などこれまで色々と悩んだり考えたりしてきた人にはぜひ、おすすめしたいです。


内容は南米のテオティワカンに起源を持つ、シャーマン達の間だけで受け継がれてきた、数千年以上の歴史をもつ、愛をもって人間関係を育む知恵について書かれています。

その知恵を凝縮した1冊。

狭く狭い概念の恋愛を始め、深く大きな意味の愛について、誰にでも分かりやすく、時々ズバッと真っ直ぐに目の覚めるような言葉が散りばめられています。


愛を語る書籍は世の中にたくさんあるけれど、定義なんてないし人それぞれ。

日常の中でもたくさん溢れているものだと思う。自分たちは「これが愛なんだ!」なんてあえて決めつけることなく、パートナーや家族、子ども、親、友人、世界中の人たちにそういう行為を行っているんだと思う。

要は件付きの愛を持ってくる人に従う必要はない。あなた自身が愛にあふれているのだから。

と書かれているのがこの本。

よい人間関係を築くことから、よい組織を作りあげていくこと、世界平和など、結局は『愛』で、命のいきつくところは『愛』だという。

(そうは言ってもね〜・・・って思いますよね。笑)


結局、愛って相手を思いやる気持ちなのか?愛おしいと思う気持ちなのか?何かをしてあげることなのか・・・?パートナーなど周囲に対するイライラや不満は愛が足りないせいなのか? 自分達が愛と思っていることは本当に愛なのか?

・・・もはや哲学の話しになりますが。笑

要約するとこんな感じ。


人間関係・・・自分とパートナー、自分と親、自分と子ども、自分と友達、自分と世界中の人々、自分と自分・・・全ての関係は2つの感情から成り立っていると書かれている。

それは【Love(愛)】【Fear(恐れ)】だ。怒りや、悲しみ、嫉妬なども「恐れ」が形を変えたもの。人によってはその関係は、95%の恐れと5%の愛だったり、60%の恐れと40%の愛だったりとそれぞれ違う。

..."愛"と"恐れ"のそれぞれの特徴って何なんだろう?


Love is no obligations. Fear is full of obligations.

愛に”義務”はない。恐れは”義務”だらけ。


『恐れ』は、人はしなければいけないからする。そして他人にもそれを求める。しなきゃいけないと言われると、人は抵抗する。抵抗があればあるほど苦しむ。


一方で『愛』は自分がしたいからする。したいことだから楽しんでする。


Love has no expectation. Fear is full of expectations.

愛に”期待”はない。恐れは”期待”だらけ。


『恐れ』では人は自分や他人に期待をする。その期待していた事が起こらなかった時、人は傷つき落ち込む。自分の期待を満たしてくれなかった相手を責めたりする。


一方『愛』は期待をしない。自分がしたいからそれをして、その自分がしたことに対して、相手が何かしてもしなくても、それはそれでいい。


人は恋に落ちると最初は義務も期待もない。だから毎日が楽しい。でも関係が進むとその人との”愛の妄想”を想像して期待する。そしてしばらく一緒にいたり、結婚したりした後、相手が自分のイメージ像と異なったりすると、イライラしたり、不安に陥ったり「こんなはずじゃなかったのに…」と思ってしまう。 これは愛ではなくて恐れ。


Love is based on respect. Fear doesn’t respect anything.

愛は”リスペクト(尊重)が根底にある。恐れは”リスペクト”がない。


「あなたのためを思ってこれをしている」「あなたはこうするべき」「あなたは私といるためにこうでないといけない」「あなたのこと可哀想に思う」これらは相手への尊重がない。

はただのエゴですよね。

親が子どもに「あなたのためを思って」とか「それするのやめなさい」と言ったり、どうあるべきかを言ったりする。もちろん親として指標を与えたり、しつけをしたり叱ったりする事は必要だと思います。でもどんなに小さい子でもその人格を尊重しながら叱るのと、やたらめったら叱るのとは、相手捉え方も違ってくると思う。

これは親子の関係でなく、仕事でも同じ。

上司が部下に・・・先輩が後輩に・・・どれだけ指摘したところで、チャンスを与えたって、本人が気がつかなければならない。

「私って可哀想」「私はかわいくもない」「頭もよくないし」「自分にできるわけがない…」これらは自分への尊重がない。


一方『愛』は尊重する。

「あなたが、強くてしなやかで、聡明で」「これをできるって知っている」「あなたのために自分が何かしてあげなくても大丈夫」「もし失敗したり、倒れたら、私はいつでもあなたのそばにいて力を貸すから」「でもあなたを信じているから。あなたは大丈夫」「私は自分が強くてしなやかで、聡明で、これをできるって知っている。だから私は大丈夫。」

これは相手や、自分への尊重であり『愛』である。


Love is unconditional. Fear is full of conditions.

愛は無条件。恐れは条件だらけ。


『愛』には条件がない。

「あなたを変えようとしたり、評価したりしない。あなたが何をしていても、あるがままのあなたを愛する」

逆に「もし私にあなたの手綱を持たせてくれたら、もし私にいい風にしてくれたら、もし私の想像したイメージに合わせてくれたら、あなたを愛する。」これは『恐れ』でしかない。


相手に対してイライラしたり、不満を抱くことってもちろんあるけれど、

でも、振り返ってみればそういう時って自分が期待したりとか、自分のイメージに合っていなかったり、相手を尊重してなかったり、相手を変えようとしたり時で、それは愛じゃなくて自分の恐れからなんだな・・・ってこの本を読んで思いました。

自分達は仏様でも聖人でもイエスキリストでもないのだから、イライラや不満がでてくるのは当然。それもまた人間やん。

でもそういう時に、ここに書いていることを思い出して「あ、今のリスペクトがなかったんだな」とか「自分の期待に当て込もうとしていたな」とか、そういうのに気づいて「愛」に意識を変えていく。そしてあるがままの相手を受け入れる。もちろん、自分への『愛』があるのが根底で・・・。だから相手を受け入れすぎて、利用されたりもしない。


その繰り返しの練習で、少しずつ愛に満ち溢れた人になれるんかな?笑

そしてそれが、よい人間関係にも繋がるし、幸せにも繋がるし、人としてみんながやがてたどり着くところなんかなー?

マザー・テレサのようになれたら最高だよね。笑

道のりはまだまだ遠し・・・・・!


Shun Oshima

マインドフルネス指導者 l フォトグラファー 12歳の時に訪れたイギリスをきっかけにカメラに触れるようになる。 フリーで写真家としてヨガやウェディング、イベント、ポートレート、風景など様々なジャンルの撮影をこなす。 また、全国でカメラワークショップも開催。 その他、マインドフルネス指導者としても活動に取り組む。

1コメント

  • 1000 / 1000

  • Tetsu

    2019.01.16 15:42

    面白そうな本ですね!今度読んでみます。 ご紹介ありがとうございました!
Shun Oshima

マインドフルネス指導者&フォトグラファーとして活動中。

■マインドフルネスインストラクターとして
脳科学や心理学、生理学、禅といった様々な分野を通して、マインドフルネスを学び日本国内にてパーソナルレッスンを中心にその人に応じたオーダーメイド型のレッスンを展開。
また不定期にグループレッスンも開催しており、
マインドフルネスを1人でも多くの人に伝えることで、
日々の息苦しさや、その人が持っている目標(ビジョン)の達成のサポートに取り組んでいる。

■フォトグラファーとして
ウェディングや風景、ポートレート