美意識




2年くらい前にmixiで書いたものをこちらに転載。

「美」というものについて自分なりに定義してみました。



 美しいものは 細長い。
   美しいものは 輝く。
     美しいものは 儚い。



そんな原則があるという人もいるが。

これらに共通しているのは、“なんだか、壊れそう 崩れそう だけれど・・・”という要素だろうか。

日本人の美意識は、「削る」ことにあると、とある人が言っていたのをよく覚えている。

“Simple is the best”

という言葉があるように、余計なものを削ぎ落として残ったものこそが本物だ、という発想である。

たとえば、書道。

漆黒の墨で書かれた線の筆遣い、そこにすべてを注ぎ、
時に力強く、時にすっと力を抜いて表現する。
色彩や飾りがあるわけでもないが、
左右ひっくりかえすとたちまち違和感を感じるほど、
そのバランスや息づかいは繊細である。

「二重書きは駄目よ」という教えはその極みだと思う。
そのときその空気の感性を大切にし、出来上がった作品は、
あとから修正しても意味をなさない。
また、見慣れている人は一目で“ニセモノ”がわかるそうだ。
横にお手本を置いて書き写した作品には「ためらい」があるのだと。

障子の影の動きを見て時の流れを知る日本人は、
世界のあらゆる文化のなかでも“飾らない”という極めて異彩な文化をつくりあげた。
しかしその精神は、異彩といえども、非常に大切なことを教えてくれているのではないだろうか。


そんなことを思ったのもつい最近。

ここ一年ばかり、いや、正確に言うとそれ以上だけれど、
毎日会社に出勤する生活だっただけに、
自身が忙しさに忙殺され「美しさ」に対する意識がことごとく下がっている。

仕事や家事のため切りっぱなして丸くなった爪、
ヘビーローテで疲れた服、
本や資料であふれかえったデスク、

もう見ているだけでもがっかり。

さらに、

「顔色よくないね~大丈夫?」とみんなに言われ、
自分の部屋で貧血で卒倒。

呼吸も浅い。頭痛がする。
必要以上に誰かに頼りたくなってしまったり。

これにはもう大反省だ。見た目とかそういう問題ではなく。

一度、いろいろ整理しなきゃ、と思い立ち、、、


まずは美容室へ。笑

量が増えて重くなった髪をすいてもらって軽くしてもらった。
さらには、年末に地元でかけてもらったパーマをよく活かしてもらうように。

洋服はきれいに畳み直し、アイロンをかける。
要らないものは、実家や年下の知り合いに送ったり。
そしてヘビロテ解消&グレードアップのために新しいものを購入しようと街へ。
春物で先取り計画や!と思っていた矢先、
冬物最終バーゲンにつかまり、「春でも着れますよ~」という店員さんの誘惑に負ける。。。

けれど、普段なら手を出さない系のブランドで、
いつものカジュアルではなくちょっとワイルド系な感じだったり。

ファッションは自分に似合う事も大切だとは思う。
けど、自分はショップで見て直感で「着たい」「これいい」と
思ったものを買っている。

そして体のために、いつもより一品多く食事を作る。
ストレッチもしなきゃ。

ここまでは、QOLを上げるための、備忘録。

それから、片づけ。
余分だけど惰性で捨てられずにいた物は、(本当に捨てにくいけど)丁寧にお別れをしてみる。

本当に大切なものは、お片づけの間だけ、別の場所へ置いておく。
ずっとずっと大事に保つために。


誰でも経験があると思うが、「きれいに保つ」というのはいかに大変なことだろう。
capacityが決まっているものに関しては、
何かを捨てなければ、シンプルさを維持することはできない。
あるいは、何も得ないようにするか。

僕の母校は自然が豊かで芝生のグラウンド?や噴水、庭園があったが、
学費の半分は芝生や樹々や花々の維持費にかかっていると聞いて驚いたことがある。(本当かな?)
しかし、あれだけ豊かな環境を享受するためには、
それなりのコストがかかるということだろう。
もちろん、「コスト」というのは「お金」という意味ではないが。
なんというか、労力というか。

・・・

一方で、建築家などが言うに、シンプルなものは構造上強い。
三角形、正四面体など、「たったそれだけ」なのに、壊れない。
ある教授いわく、たとえばある建物に「アピールポイント」としてとても素敵な柱が5本ついていたとして、
その建物が“いい建築”かどうかを判断するのに最も重視されるのは、
その柱が単なる「デザイン・飾り」なのか、それとも「構造の一部」として機能しているのか、というところにあるという。
飾りなら、その柱がなくたって成り立つ。
構造なら、その柱はなくてはならない構成要素だ。それならば美しい。
だと。

・・・

そしてひとつずつ気を配っていくと、
ものごとは意外とシンプルに見えたりもする。


さて、自分なりに美しさの定義をしよう。
これは、”物”だけでなく”日常の生活”、そして”人”にも当てはまるのだと思う。


“細く長く、壊れそうでもあるが、輝いており、simpleで、芯がある”。

BASARA Co, by Shun Oshima

12歳の時に訪れたイギリスをきっかけにカメラに触れるようになる。 現在は商社でクリエイティブワークをこなしながら、フリーカメラマンとしてウェディング、イベント、ポートレート、風景など様々なジャンルの撮影をこなす。また、全国でカメラワークショップも開催。 その他、ウェディングムービーの制作など多岐に渡る。 年間の半分以上は、国内は北海道〜沖縄まで。海外はHawaiiを中心にヨーロッパなどでも活動中。

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Shun Oshima

camera / surf / coffee / friend /smile
フォトグラファーとして、ウェディングや風景、ポートレート、イベントなど幅広い撮影を手がけています。
また、カメラワークショップを全国で開催。
その他、企業に所属しイルミネーションに関する仕事にも取り組んでいます。